壊れたケトルと嘘つき施術者

〜てあて在宅マッサージ 相模原〜


 年末になるといつも思い出す患者様がいます。入社すぐに担当した患者様で名前をK様といいます(八十代女性)。K様は博識で頭の回転が速く認知の欠片も見当たらない方で、歴史話や時事ネタをにこやかに話される穏やかな方でした。施術が終わるといつも
「ありがとうね、また来週ね」
と仰り、私も
「はい、また来週です」
と返すのが通例になっていました。
 数年後の春、K様はご自宅で転倒されてしまいました。怪我自体は大したことはなかったのですが、歩行することに対して臆病になってしまわれました。それからというものK様はベッドで過ごされることが多くなりました。
 そこからは早かったです。元々『○○先生』と呼んでくださっていましたが、いつの間にか『あなた』へと呼称が変わり、昼夜の感覚が失われ、同じ会話が繰り返され、失禁が増えました。半年も経つと完全に認知症を発症されていました。そしてその年の夏、薬缶を空焚きし、軽い小火騒ぎを起こしてしまいました。日中独居だったことが災いしました。K様のご家族としても一人にしておけず、年明けから老健施設への入所が決まりました。
 その年最後の訪問日、私の訪問も最後となりました。ご家族様からは『入所のことは悟られないようにしてください』とお願いされており、私は一人寂寥感を感じていました。施術が終わるとK様が微笑んで言いました。


「ありがとうね、また来週ね」


「……はい、また来週です」


相模原院 三ツ木 健朗


※原文のまま