月刊てあて「特集」

今月の特集

2021年8月2日<144号(2021年8月)>

父の奇跡

父の奇跡
いつも元気で強い父に突然やってきた「アルツハイマー型認知症」。
発症から12年、要介護5になりました——。

M.I様のご長女、S様よりいただいたお手紙(千葉県柏市在住)

 いつも元気で強い父に突然やってきた「アルツハイマー型認知症」。発症から12年後の現在、要介護5に認定されています。
 父の病気は、本当に突然始まりました。健康で仕事をしていた父の記憶障害は容赦なく現れました。ずいぶん悩み苦しんだと思います。 仕事中や買い物中、突然状況がわからなくなる。私たち家族も状況説明をしながら会話をする。そんなことが当たり前の日常になっていました。
 そうして月日と共に症状は進んでいきました。関節拘縮が進行してきて着替えが困難になり、筋緊張で寝ている姿も辛そうでした。意思の疎通はなく、寝たきりと言った言葉が合っていました。いつまでこのまま過ごすのか分からず、早く解放させてあげたいと思っていました。そして、そんな状態の中、少しでも楽になればと思い「てあて在宅マッサージ」に定期的な施術をお願いしました。
 施術の効果は思いのほか早く現れました。身体から緊張が抜けて寝ている姿が変わり、辛そうな顔から穏やかな顔になり、覚醒している時間が増え、支え無しで座ることなどできなかったのにできるようになりました。
 焦点が合わなかった瞳は、目の前の動くものをとらえ、人とも目を合わせるようになりました。またデイサービスのスタッフさんから父が笑ったという話や「ありがとう」と言葉にしたとの報告がありました。
 もちろん会話ができる訳ではありません。呼びかけても目を開けてくれないことのほうが多いですし、目を開けても私や母が分かる訳でもありません。それでもその奇跡のような変化がどれだけ嬉しかったことか。
 母は「お父さんにまた会えた」と喜びました。たまにしか見られない奇跡、でもその奇跡の時に父が戻ってくるのです。二度とそんなことはないと思っていました。 施術者の皆さんは、話せなくて理解もできない父に施術を行いながら、たくさん話しかけてくれます。人の「手」が入るって本当にすごいです。進行性の脳の病気です。ですが私たち家族は、また父に会えました。今にも名前を呼んでくれそうな顔をします。限られた時間かもしれません。もう話してくれないかもしれません。また覚醒時間も少なくなってきています。それでも父を引き戻してくれたこと、本当に嬉しいです。
 これを読んだ方はもしかしたら過剰表現だと思うかもしれません。でも奇跡を与えてくれた施術者の方々に深く感謝したいです。同じ病気の家族をもつ人々に「てあて」がどんなに素晴らしいか伝えたいです。
父へ「ごめんね。もっと早くマッサージ始めてあげればよかった。これからも一緒にいようね」。

成功の反対…

  • てあて在宅マッサージ松戸/マッサージ師 西村剛
成功の反対…

 アルツハイマー型認知症で意思疎通が困難、全介助でチルト機能付きの車椅子を使用しており座位安定不能。コロナ自粛前の昨年3月頃までは手引き歩行で数メートル可能だったそうですが、依頼のあった9月末にはすでに全身廃用状態のM.Iさん。ご長女様より「せめて今より楽に過ごせるように」との思いで施術依頼がありました。
 開始当初は踵に褥瘡があり、四肢の緊張感は強く、患者様でもトップレベルに入る見事な体格であることもあって、介助にはかなりの力が必要と思われていました。
 しかし、実際に施術が始まってみると日を追うごとに四肢の緊張感は緩和して関節可動域は拡大、座位は安定、終始無表情だったのが時々微笑んだり、声かけに返答があったり、何より眼に力が感じられるようになりました。
 今年に入ってからは介助立位訓練をしていると自ら足を出すようになり、ご長女様からは「治らないのは理解していたが、最近では父の人間らしさが垣間見える」との言葉を頂けるようにまでなりました。
 私も当初は排泄介助等の介護負担軽減の手助けになればと思っていたのが、今では昨年3月頃と同じような手引き歩行を夢見て、毎回全力で施術にあたっています。
成功の反対は失敗ではなく、何もしないこと。チャレンジを恐れていたら得られるものも得られない。そう自分に言い聞かせて今日も私は相棒の旧型アルト(6月から新車の新型アルトにパワーアップ!!)を走らせて訪問するのでした。

院長の一言

院長の一言

 寝たきり状態になるほど進行した アルツハイマー型認知症 に対しては、通常、関節拘縮*の進行予防が施術の主目的になります。しかし、ときに下記のような期待していないよろこばしい変化(奇跡?)が現れることがあります。

 ●表情が穏やかになる。
 ●あいさつや返事をするようになる。
 ●食べられるようになる(咀嚼・嚥下能力回復)。
 ●体位変換がしやすくなる(褥瘡リスク低下、介護負担軽減)。

*関節拘縮が進行すると、筋肉が固縮して緊張が持続したり褥瘡発生リスクが高くなる等の健康問題を引き起こしますが、排泄ケアや着替え等での介護者の負担も増加します。